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ドレスの歴史 エドワーディアン




エドワーディアン 1880年~1915年頃



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エドワーディアンとは
イギリス、エドワード7世の治世である1901年から1910年を指します。

ドレスのラインはS字に近づき
女性が日常コルセットを着用した最後の時代です。

大きな帽子に髪型はポンパドールヘアが流行。

ジュエリーはプラチナ・ダイヤモンド・真珠といった白い素材を用いて
左右対称デザインの極めて端正で
上品かつ貴族的な作品がつくられました。

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甘すぎず上品な雰囲気で、現在のお洋服にも合わせやすいので
エドワーディアンがお好きな方多いですね


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ドレスの歴史



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アンティークジュエリーを見ていると
流行に敏感な貴族のご婦人方を色々想像します。

どんな方がどんなドレスを着て、どんな場面で輝いていたのか…

想像を膨らませることによってアンティークの楽しさは無限大!

今回はドレスをご紹介します。


ジョージアン 1800年代~1837年頃



エンパイア・スタイル
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ギリシア・ローマ時代のように自然らしさをもとめ
ハイウエストでコルセットを用いないエンパイアドレスのスタイルが流行。


ロマンチック・スタイル
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新古典主義の反動からロマン主義が流行。
ボンネット帽が登場します。

リボンやお花のデザインが流行。

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1790年頃の忘れな草ジョージアンロケット

金が稀少だったために少ない金で
いかに立派な作品を作るかという工夫が凝らされています。



ヴィクトリアン 1837年~1901年頃



クリノリン・スタイル
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ヴィクトリアン初期(1837年~1861年頃)
フランスのフレデリック・ウォルトによって発表された
クリノリンスタイルの流行が始まります。

ジュエリーは若く美しい女王のもと
明るくロマンチックなジュエリーが流行します。

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ラピスラズリのL
オパールのO
ヴァーメイユ(ガーネットの古語)のV
エメラルドのE…
宝石の頭文字で「LOVE」を表現しています。

センチメンタルジュエリーと呼ばれる特別な意味を込めた文字遊びは
19世紀初めフランスで誕生しました。
「LOVE」の他に「DEAREST」(最愛の)などがあります。



バッスル・スタイル
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70年頃から90年頃にはバッスルスタイルが流行。
日本にはこの時期に洋装が持ち込まれ、
鹿鳴館のドレスもこのスタイルです。
知的で美しい写真が有名な陸奥夫人も着てらっしゃいますよね~

ドレスもこのあたりから既製品とオートクチュールに分かれ
富裕層の拡大に伴いジュエリーの大衆化が始まります。


・・・つづく・・・

「甘美なる怪物」コレット


見る者を一瞬で魅了せずにはおかない 真珠の白く優しい輝きは
貝の中で育まれ幾重にも重なる真珠層のなせるわざ…

まるで歳を重ねるごとに美貌と知性、プライドを増していく
大人の女性にどこか似ています。

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そんな素敵な大人の女性と随所に象徴的な真珠が登場する
小説「シェリ」はフランスの国民的女流作家コレットによる1920年の作品。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

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時は華やかかりしベル・エポックのパリ。

ココット(高級娼婦)を引退し
優雅にブルジョア生活を送る美女レアと
退廃的な魅力を漂わす25歳下の美青年シェリとの
恋と別れの物語です。




貧しく惨めな青春時代を激しく働かなければならなかった彼女は
多くの恋愛遍歴を重ねながらも、決して男に依存することはなく
常に自由を求め、そして書き続けました。

19世紀後期から20世紀半ば 2つの大きな世界大戦を経て
世の中の価値観も女性のあり方も大きく変わった時代の転換期を
自分らしく逞しく生き抜いた女流作家コレット。

晩年のコレットのもっとも親しい友人のひとり
ジャン・コクトーは彼女の人生をこう語ります。

----  スキャンダルにつぐ スキャンダル。
   それからすべてがひっくり返って、彼女は崇拝の的になった  ----


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Sidonie-Gabrielle Colette (1873-1954)




「甘美なる怪物」と敬意をもって呼ばれた作家コレット。

小説さながらの81年におよぶ彼女のドラマチックな生涯は
もっとも栄誉ある国葬というかたちで幕を閉じることになります。





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上: ダイヤモンド・パールペンダント 1890年頃 イギリス 【Sold Out】
下: パールネックレス 1920年頃 イギリス


「椿姫」マリ・デュプレシ



Marie Duplessis(1824~1847)

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胸に椿の花をさし
透きとおるような白い肌と漆黒の髪…

大きな瞳を持ったマリは
オペラ座の女達に
「椿を持ったご婦人」と呼ばれ
クルチザンヌとしての頂点を極めていました




繁栄と享楽を極めた華やかな第二帝政期のパリ。
女性たちは美しさを競い合い、それを武器に人生の頂点を目指していました。

その時代に生きた美しきクルチザンヌ(高級娼婦)を題材にした
名作「椿姫」の作者デュマ・フェスとそのモデルであるマリ・デュプレシが出会ったのは
1884年春、パリの劇場ヴァリエテ座の幕間のことです。

劇場の桟敷に座る天使のような彼女に心惹かれながらも
当時一介の書生にすぎないデュマ・フェスには
マリは手の届くことのない高嶺の花でした。

それでも共に二十歳の二人が愛しあうようになったのは
偉大な劇作家アレクサンドル・デュマ・ペールを父に持ちながら
愛薄き私生児として育ったデュマと
贅沢を謳歌しながらもパトロンなしには生きれない時代の徒花
クルチザンヌのマリとの間に
どこか心通じ合うものがあったからかもしれません。

出会いから4年後…
マリは23歳という若さでこの世を去りましたが
彼女の存在は恋人デュマによって
名作「椿姫」の中で永遠に生き続けることになるのです。


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ダイヤモンド 鳥型ブローチ
1850年頃 イギリス 4.5×5.5cm




「孤高の星」皇后エリザベート



Elisabeth Amalie Eugenie (1837~1898)

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オーストリア皇后エリザベートの肖像
(フランツ・ヴィンターハルター、1864年)


白いシフォンドレスに身を包み
溢れるような亜麻色の髪に散りばめられた星の髪飾り

見るものを虜にする美しくも気高い
オーストリア皇后エリザベート
通称シシィの肖像画

「バイエルンの薔薇」とうたわれた彼女は16歳の時
姉の見合い相手である
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められ求婚されます

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その時の彼女の返事は…
「誰だって、あなたを愛さないはずはないでしょう。
でも皇帝でなかったらもっとよかったのに。」

その言葉が暗示したかのように2人は
すれ違いの生涯を送ることになるのです。


時代は19世紀半ば…

ヨーロッパ王家全体が思想的に大きく揺れ動き崩壊へと助走し始めていました。

自由を愛し故国バイエルンの自然の中でのびのびと育った彼女は
絶対王政を死守しようとする帝国の方針や制度になじむことができず
オーストリアをはなれ、旅にさすらいハンガリーに安住の地を求めます。

そして彼女は皇帝の並々ならぬ愛情を後ろ盾に1864年動乱を回避し
第二の愛する故郷ハンガリーとオーストリアの二重君主制に漕ぎつけるのです。

彼女のお気に入りの「シシィの星」と呼ばれる髪飾りは
オペラ「夜の女王のアリア」が好きだった彼女のために
皇帝が宝石商ロゼット・フィッシュ・マイスターに発注して作らせたものです。

オーストリアとハンガリー

離れ離れの夜空の下で
二人は果たして同じ星を見たのでしょうか…


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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ダイヤモンド・パール・ブルーエナメル ムーンスターリング
1850年頃 イギリス

星の瞬く夜空を思わせるような美しいリングです。ゴールドに施された濃紺のブルーエナメルに
ダイヤモンドの三日月と18個のダイヤモンドの星が散りばめられています。

ブルーの夜空を縁取るのはシードパールと呼ばれる天然真珠で、その一つ一つが丁寧に
セッティングされ、指輪全体を取り巻くという大変凝ったつくりになっています。
全体のフォルムのシンプルで緩やかな曲線どおり、指にさしたときの感触は滑らかで優しく
手作りならではの心地よさを感じることが出来ます。

19世紀後半、このブルーエナメルとダイヤモンドの組み合わせは大変人気があり、
白と紺の清楚な配色が正統派アンティークジュエリーの気品をより一層際立たせています。



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